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十三湊:幻の港町、津波に消えた死者の声が響く

青森県五所川原市に位置する十三湊は、かつて鎌倉時代から室町時代にかけて日本海交易の要衝として栄えた港町だ。十三湖の西岸に広がるこの地は、安東氏の拠点として繁栄し、「三津七湊」の一つに数えられるほどの賑わいを見せた。しかし、1340年の大津波で壊滅したという伝承とともに、十三湊は「亡魂港」として不気味な噂に彩られている。船乗りたちが港で聞こえる奇妙な声や、霧の中で揺れる亡魂の影を見たという話が後世に残り、地元ではこの港を訪れる者に不思議な気配がまとわりつくとされている。歴史的な栄光と怪奇が交錯するこの港の伝説を、史実と目撃談をもとに探ってみよう。

亡魂が彷徨う港:都市伝説の概要

十三湊亡魂港の都市伝説で最も知られているのは、夜の港に響く「助けてくれ」という声や、波間に浮かぶ人影の目撃談だ。地元漁師の間では、十三湖周辺で霧が濃い夜に船を出すと、どこからともなくすすり泣くような音が聞こえ、振り返っても誰もいないという話が語り継がれている。特に、大津波で命を落とした人々の霊が港に留まり、未だに救いを求めているという解釈が根強い。また、港近くの遺跡を訪れた観光客が「冷たい風が首筋を撫でた」「遠くに誰かの視線を感じた」と語ることもあり、こうした体験が亡魂港のイメージを強めている。

この伝説の背景には、十三湊が1340年(興国1年・暦応3年)に大津波で壊滅したという記録がある。『十三往来』には「夷船京船群集し湊は市を成す」とその繁栄が記されているが、津波後は復興したものの勢いを失い、15世紀に安東氏が南部氏に敗れて蝦夷地へ去ったことで港は衰退した。この歴史的な転落が、亡魂のイメージと結びついたのだろう。実際、弘前大学の発掘調査では、十三湊遺跡から津波の痕跡とみられる泥の堆積が複数層確認されており、自然災害の猛威が港を襲った事実は確かだ。こうした史実が、霊的な噂にリアリティを与えている。

栄華と滅亡の歴史:伝説を育んだ背景

十三湊は、平安末期から港湾として整備され、鎌倉時代に北条氏が蝦夷地支配の拠点としたことで発展した。北条氏滅亡後は安東氏が「十三湊日之本将軍」を名乗り、日本海と蝦夷地を結ぶ交易の中枢として隆盛を極めた。発掘調査では、土塁や堀、メインストリートが確認され、京都の町家に似た住宅街の痕跡も見つかっている。この都市計画の痕跡から、当時の十三湊が単なる港ではなく、組織的な中世都市だったことがうかがえる。しかし、大津波がこの栄華を一瞬で奪い去ったとされる。

文化人類学的視点で見ると、十三湊の伝説は日本の港湾信仰と結びつきが深い。日本では古くから海や湖は死者の魂が集まる場所と考えられ、特に災害で命を落とした者たちの霊が漂うと信じられてきた。十三湊が十三湖と日本海に挟まれた立地にあることも、このイメージを助長したのだろう。心理学的に言えば、壊滅的な津波を経験した生存者や後世の人々が、トラウマや罪悪感から幻聴や幻覚を体験し、それが亡魂の話として定着した可能性もある。実際、津波後の復興期に港を訪れた船乗りたちが、荒れ果てた風景の中で不思議な現象を感じたとしても不思議ではない。

興味深いのは、十三湊が衰退した後も港としての役割が完全に消えなかった点だ。江戸時代には津軽藩の四浦の一つに数えられ、岩木川経由で運ばれた米やヒバ材の積出港として機能した。しかし、1672年に鰺ヶ沢港が整備されると、十三湊は次第に忘れ去られていった。この「栄光から忘却へ」という流れが、亡魂港という不気味な物語に拍車をかけたのかもしれない。過去の繁栄を知る者にとって、静まり返った港に漂う寂しさは、霊的な存在を連想させるのに十分だっただろう。

港に響く声と怪現象:具体的な証言

亡魂港の伝説を裏付ける具体的な証言はいくつか存在する。1990年代、地元の漁師が十三湖で夜釣りをしていた際、霧の中から「低い唸り声」が聞こえ、同時に水面に揺れる白い影を見たと語っている。この漁師は「最初は風かと思ったが、音が近づいてきて怖くなった」と振り返り、以来その場所を避けているそうだ。また、2000年代に十三湊遺跡を訪れた観光客が、土塁跡付近で撮影した写真に、ぼんやりとした人影が映り込んでいたと報告した。デジタル加工の可能性もあるが、当時はフィルムカメラが主流で、偶然の産物と考えるには不気味すぎる出来事として地元で話題になった。

地元住民の話では、十三湖周辺で「船の軋む音」が聞こえる夜があるという。ある50代の男性は、子供の頃に祖父から「津波で死んだ船乗りたちが、船を動かそうとしてるんだ」と聞かされた記憶があると語る。この男性自身は半信半疑だが、冬の夜に湖畔を歩いた際、確かに遠くから木のきしむような音を聞いたことがあるそうだ。科学的には、風や波が湖岸の木々や残骸に当たる音が原因かもしれないが、こうした体験が積み重なり、亡魂港の伝説を色濃くしている。

特異な現象として、十三湊遺跡近くの山王坊遺跡や福島城跡でも不思議な話が報告されている。山王坊遺跡では、夜間に「誰かが歩く足音」を聞いたという証言があり、福島城跡では「冷たい空気が突然流れてきた」と感じた者がいる。安東氏の居城とされる福島城が津波で壊滅した歴史を考えると、これらの場所が亡魂の伝説と結びついたのも自然な流れだろう。ちなみに、地元の言い伝えでは、十三湊で船を見送る際は決して振り返らないよう教えられており、「亡魂に引き込まれる」とされている。この風習が今も残る点からも、港の神秘性が感じられる。

十三湊の亡魂港は、中世の栄華と壊滅的な津波が織りなす歴史の上に、不気味な伝説として息づいている。港に響く声や水面に浮かぶ影は、過去の悲劇を今に伝える残響なのかもしれない。青森を訪れるなら、十三湊遺跡や十三湖の静かな風景を眺めつつ、耳を澄ませてみるのもいい。そこに漂う何かに、歴史の重みを感じ取れるかもしれないから。

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