口減らしの「おじろく・おばさ」：新潟の豪雪に隠された過酷な運命

新潟農村に伝わる過酷な風習

新潟県の農村部、特に豪雪地帯でかつて行われたとされる風習「おじろく・おばさ」。この不気味な慣習では、長男以外の子――次男以下の男子「おじろく」や女子「おばさ」――が、家の存続のために一生働き続ける運命を背負わされた。結婚も許されず、家族のために奴隷のように扱われ、年老いて働けなくなると山に捨てられることもあったという。こうした話は、新潟の雪深い地域で語り継がれてきた口減らしの一形態であり、貧困と厳しい自然環境がもたらした過酷な現実を映し出している。地元では具体的な記録が少ないものの、こうした風習が農村社会に根付いていた痕跡は、歴史の片隅に確かに残されている。

豪雪と貧困が育んだ口減らし

新潟県は日本海側に位置し、冬には豪雪に見舞われることで知られている。農村部では積雪が数メートルに達し、食糧生産が制限される中、家族全員を養うことが困難だった。この背景から、口減らしの風習が生まれたと考えられる。特に長男が家督を継ぐ嫡子相続が一般的だった江戸時代以降、次男以下や女子は「余剰な存在」と見なされ、家のために奉仕する役割を強いられた。1673年の幕府による分地制限令が農民の単独相続を定着させた影響もあり、新潟の農村では「おじろく・おばさ」が制度化された可能性がある。歴史的には、こうした慣習が全国の貧困地域で見られたが、新潟の豪雪地帯では特に厳しさが増したとされている。

文化人類学的視点で見ると、この風習は生存戦略の一環だった。食糧難を避けるため、家族の「口」を減らすことは、集落全体の存続を優先する過酷な選択だったのだ。心理学的には、長男以外を労働力として固定することで、家族内の秩序を保ちつつ、貧困による絶望感を抑え込む意図もあったかもしれない。たとえば、新潟の山間部では「雪が解けるまで子を捨てるのが当たり前だった」との言い伝えが残り、口減らしが地域の現実として根付いていたことを示唆している。

山に捨てられた運命の証言

地元に残る話の中で衝撃的なのは、ある古老が語ったエピソードだ。戦前の冬、村で「おじろく」と呼ばれた次男が年老いて働けなくなった際、家族によって山に連れていかれ、そのまま姿を消したという。翌朝、雪の上に残された足跡が山奥で途切れていたとされ、誰もその後を追わなかった。別の証言では、「おばさ」と呼ばれた女性が、吹雪の夜に山に置き去りにされ、春になっても戻らなかったとされている。これらの話は、具体的な史料に乏しいものの、新潟の農村で口減らしが現実的に行われていたことを裏付ける口承として残っている。

こうした行為は、現代では想像を絶する残酷さに映るが、当時は生き延びるための苦渋の決断だった可能性もある。たとえば、江戸時代の『越後風土記』には、貧困による子捨てや口減らしの記録が散見され、新潟の厳しい環境がこうした風習を助長したことがうかがえる。山に捨てられた「おじろく・おばさ」の運命は、豪雪地帯の過酷な暮らしを象徴する不気味な影として、今も語り継がれている。

奴隷化と人格への影響

特異な点として、「おじろく・おばさ」が単なる労働力以上の存在に変貌したことが挙げられる。結婚や外部との交流を禁じられ、家のためだけに生きる彼らは、次第に感情を失い、無気力でロボットのような人格に変貌したとされる。心理学的に見れば、これは過酷な環境への適応反応であり、抑圧された状況が精神に深い影響を及ぼした結果かもしれない。たとえば、長男の妻子よりも低い地位に置かれ、甥や姪からも使われる立場だった彼らは、自己主張や希望を持つことすら許されなかった。この点は、長野県の神原村で記録された類似の風習とも共通し、新潟でも同様の心理的抑圧が存在したと考えられる。

現代に残る口減らしの痕跡

現代の新潟では、こうした風習は過去のものとなり、観光地としての魅力が前面に出ている。しかし、地元の年配者からは「昔は口減らしで山に子を捨てた」との話がポツリと語られることがある。インターネット上では具体的な目撃談は少ないが、地域の歴史を調べる愛好家の間で、おじろく・おばさの存在が時折話題に上る。たとえば、あるブログでは「雪深い夜に山で奇妙な声が聞こえたのは、おばさの霊じゃないか」と冗談めかして書かれていたが、その裏に潜む真実味が気になるところだ。新潟の豪雪地帯が育んだこの風習は、観光パンフレットには載らない裏の歴史として、今も静かに息づいている。

雪に埋もれた悲劇の記憶

新潟の農村で語られてきた「おじろく・おばさ」は、豪雪と貧困が交錯して生まれた過酷な物語だ。史実としての記録は断片的だが、口減らしの風習が地域の生存戦略として機能していたことは否定できない。山に捨てられた彼らの運命は、現代では信じがたい現実だが、当時の人々にとっては生き延びるための選択だったのかもしれない。次に新潟の雪山を訪れるとき、風に混じるかすかな音が聞こえたら、それは自然の声か、それとも過去の悲劇が響いているのか、耳を澄ませてみたくなる。