1972年の夏、家族や知人のキャンセルによって
偶然一人旅になってしまった群馬県在住の若い女性が、
群馬県の霧積温泉のひなびた旅館に泊まり、
その後付近の作業小屋で遺体で発見
されましたが
犯人は捕まっていない、という未解決事件です。

当時近隣のダム工事に携わっていた作業員や釣り人、
ハイカー等、警察の捜査にも関わらず
犯人は逮捕に至りませんでした

山奥の旅館をチェックアウトしてから、
遺体になって発見されるまでの足取りが
はっきりとはわかっていません

山奥で一人じゃ危ないから自動車で送るという申し出
本人が固辞していたりして、本人の性格なのか、
若い女性が普通ならそうするだろうか、という違和感も残ります。

また、本人の持っていたカメラには
殺害されるまでの間に撮影した写真が数枚残されて
おり、
それらと同じ宿に宿泊していた客の目撃証言とを照らし合わせて
足取りをつかむ手掛かりにはなったものの、
本人が写っているものに関して誰が撮影したのか、
当時の警察の調査や新聞記事で呼びかけると
男性が実名で名乗り出たものの、そのような男性は実在しておらず
謎のままです。

山中での事件ですので、
現場付近の雰囲気も40年が過ぎた今も
大きな変化はない
ようで、被害者が宿泊した旅館は
現在も当時のままで存在
しています。

西条八十の「母さん、僕のあの麦わら帽子」から始まる
有名な詩の舞台にもなっている美しい霧積高原のイメージと、
陰惨な事件とのギャップが尚更印象深い事件
です。