岐阜県飛騨地方に伝わる存在に
両面宿儺(りょうめんすくな)」という者がいます。

山中で出会う怪物鬼神の類観音様の化身
凶賊の類とかなり評価が分かれます。

ある場所では「両面宿儺は怪物だ。
山で出会うと悪いことが起きる前触れだ」
と伝わっています。

他方では「両面宿儺は神様だ。
山での自分の行いを見ていて危ないことがあると助けてくれる
とされています。

なぜ場所によって正反対の存在になっているのか。
山の中には様々な危険が存在します。

崖崩れや滑落事故、方向を見失ったり怪我による遭難など
上げていくときりがないくらいです。

同時に色々な楽しみもあります。

季節の移り変わりを知らせてくれる草木や花、
鳥のさえずりや飛び交う虫たち、
山頂付近での雄大な景色と天候によって見られる美しい太陽などです。

山歩きに行くときは入念に装備や体調を整えて準備し、
散策中は周囲の状況に注意を向けながら、自然を観察し、
天候の変化に十分気を配って散策するのが理想とする見方もあります。

それがなんで「両面宿儺」と関係するの?
と思われる方もいらっしゃると思います。

大昔は山で遭難する=生還できないとされていました。

両面宿儺」は山中の危険な個所を妖怪に見立て、
出会うことのある場所は怪我や事故が起きやすいため
「あれは怪物だ。山で遭ったらしばらくは気を付けよう。」と
注意喚起で言い伝えたと考えられます。

一方で「両面宿儺」を山の神様とし、
「常に見守っていてくださるが、
姿が見えたらそこは危ない場所と教えてくださっているんだ。
気を引き締めよう。」と自身に問いかける意味で伝聞されたとも取れます。

見方によっては、天候の変わりやすい自然や、
日常生活の行いを両面宿儺に見立てて、
自身生活を振り返る機会や自然の中で行動する事への
心構えを身に付けるための方法ともとることが出来ます。

貴方は「両面宿儺」を怪物だと思いますか?
それとも神様だと思いますか?