これは私が、九州最大の湾である有明海で船釣りをしていた時に遭遇した出来事です。私は、夏から秋の有明海ではメバルやスズキ、タチウオなどが釣れることもあり、毎年その時期になると、小型船舶免許を持っている友人とともに船釣りに行きます。
もちろんその日もメバルやスズキ、イカ狙いで沖まで出て、昼過ぎから夜まで釣りをしていました。天気は快晴で、対岸の佐賀県側もよく見えており、釣果も中々のもので、怪談に出くわそうなどとは少しも予想していませんでした。
満潮を過ぎ、釣れる時間帯を超えたこともあって、そろそろ帰ろうとしていた時に、少し遠くの方からバチャバチャ水しぶきが立っている音が聞こえてきました。
「なんか、ナブラが立ってねえ?」と私は友人に水しぶきの音がする場所を指指しました。友人にも聞こえたらしく、その場所に船を近づけました。
しかし、確かにバチャバチャと水しぶきの音がするものの、海上をライトで照らしてもナブラらしきものは発見できませんでした。
そうしているうちに、水しぶきに混じって「クゥーン クゥーン」、「ヒャイン、ヒャイン」と溺れている犬の鳴き声が聞こえてきました。岸から相当離れた海上で犬が溺れているのは妙だと思いながら私は「犬が溺れているような声が聞こえん?」と友人に言いながらライトで犬を探しましたが、犬も水しぶきも見つかりません。友人の顔を見ると青ざめた表情をしていました。
ほどなく、四方八方から水しぶきに混じって溺れている数十匹の犬の鳴き声が聞こえてきました。これは異常だと思った矢先に友人が慌ててその場から船を遠ざけ、港に向かって帰路についたのです。
後で友人から聞いた話ですが、狂犬病が流行した江戸時代中期、有明海沿岸に領地を持つある藩において、狂犬病の拡大を止めるために城下で犬を飼ってはいけないとのお触れが出されました。お触れが出た後に、藩は領内で大量の犬を捕獲し、檻に閉じ込めました。犬がすし詰めにされた沢山の檻は全て海上に運ばれて、檻ごと海に沈めたそうです。
それから200年も経った現在となっては、その場所を知る者は漁師の中でも少ないそうで、海上のその場所を知る者はそこでの釣り、特に夜釣りは避けるのだそうです。
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