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福島県福島市飯坂町に位置する飯坂温泉は、約1,400年の歴史を持つ名湯で、「奥州三名湯」の一つに数えられる。ヤマトタケルが発見し、松尾芭蕉や正岡子規が訪れたとされるこの温泉地は、摺上川沿いに旅館や共同浴場が立ち並び、観光客に癒しを提供してきた。しかし、その穏やかな湯けむりの裏には、「飯坂温泉の怪声」として語られる不思議な伝説が静かに息づいている。夜に聞こえる奇妙な声や叫びが、地元民や湯治客の間で囁かれ、特に鯖湖湯や波来湯などの共同浴場周辺で報告されている。観光の賑わいとは対照的に、飯坂温泉の夜には怪奇な響きが漂う。この怪声を、歴史と証言から丁寧に探ってみよう。

湯に響く怪音:怪声の概要

飯坂温泉の怪声とは、夜間や静寂の中で温泉街に響く説明のつかない音を指す。地元では、「湯船の近くで低い唸り声や泣き声が聞こえる」「遠くから叫び声のような音が漂う」といった話が伝えられている。特に鯖湖湯(さばこゆ)や波来湯(はこゆ)といった共同浴場周辺で目撃談が多く、「湯気の中から声が聞こえた」「誰もいないのに水音と共に呻き声がした」との証言が特徴だ。伝説では、これが湯治中に亡くなった者の霊や、温泉に宿る神秘的な存在と結びつき、長い歴史の中で語り継がれてきた。飯坂温泉は「熱さ番付」で知られる熱い湯が自慢だが、夜の静けさが怪声を際立たせている。

この噂が育まれた背景には、飯坂温泉の長い歴史と自然環境がある。2世紀に開湯したとされる飯坂温泉は、豊富な湯量と高温の単純泉で知られ、鯖湖湯は日本最古の木造共同浴場として松尾芭蕉が入浴した記録が残る。江戸時代には湯治場として栄え、近代には多くの文人や著名人が訪れた。しかし、温泉での溺死や病死の記録もあり、こうした悲しみが怪声の起源とされることがある。冬季の飯坂は豪雪と霧に覆われ、摺上川のせせらぎが不穏な雰囲気を醸し出す。この自然と歴史の交錯が、怪奇な響きを生んだのだろう。

歴史の糸をたどると:怪声の起源と背景

飯坂温泉の過去を紐解くと、怪声がどのように語られるようになったのかが見えてくる。『奥の細道』で知られる元禄2年(1689年)、芭蕉が鯖湖湯に浸かり、「湯の香に癒された」と記した一方、温泉地では湯治客が命を落とすこともあった。江戸時代の文献には、飯坂で溺れた者や湯疲れで倒れた者の記録が散見され、これが「霊が湯に留まる」とのイメージに繋がった可能性がある。また、戊辰戦争では飯坂周辺で小規模な戦闘があり、戦死者の供養が地域信仰に影響を与えたかもしれない。近代では、1947年にヘレン・ケラーが訪れ、温泉の温もりを称賛したが、その後も怪声の噂は途絶えなかった。

民俗学の視点に立てば、怪声は日本の水辺信仰と結びつく。温泉は癒しの場であると同時に、死と再生の境界とされ、飯坂の高温の湯が霊的な力を宿すと信じられてきた。地元では、「湯治で亡くなった者の声」「川に流された魂の叫び」との解釈が根付いている。心理学的に見れば、湯気の揺れや水音が人の感覚を惑わせ、「声」や「叫び」に変換された可能性もある。飯坂の霧深い夜は、不思議な体験を増幅する土壌となっている。

湯に響く怪奇:証言と不思議な出来事

地元で語り継がれる話で特に印象的なのは、1980年代に鯖湖湯を訪れた湯治客の体験だ。夜遅く入浴していた彼は、「湯船の奥から低い唸り声」を聞き、湯気の中に「かすかな人影」が揺れた気がした。驚いて浴場を出ると音は止まり、影も消えた。地元民に話すと、「昔、湯で倒れた人の霊だよ。気にしないで」と言われたが、彼は「水音とは違う何かだった」と感じ、以来夜の入浴を控えているそうだ。この話は、鯖湖湯の歴史ある木造建築がもたらす雰囲気と相まって、語り継がれている。

一方で、異なる視点から浮かんだのは、2000年代に波来湯で湯を楽しんだ観光客の話だ。深夜、湯に浸かっていた彼女は、「遠くから叫び声のような音」を聞き、水面に「揺れる影」が映った気がした。慌てて浴場を後にしたが、誰もおらず、静寂だけが残った。地元の人に尋ねると、「湯に癒しを求めた霊がまだいるんだね」と穏やかに返された。彼女は「気味が悪かったけど、どこか切なかった」と振り返る。水音や反射が原因かもしれないが、温泉街の静けさが不思議な印象を深めたのだろう。

この地ならではの不思議な出来事として、「怪声が湯気と共に現れる」噂がある。ある60代の住民は、若い頃に共同浴場近くで「湯気の中から助けを求める声」を聞いたことがあると証言する。その時、「白い影が湯船の端に立っていた」ように見えたが、近づくと消えた。彼は「湯治で命を落とした誰かの声だと思った」と語り、その記憶を静かに胸にしまっている。科学的には、湯気の音響効果や錯覚が原因と考えられるが、こうした体験が飯坂温泉の怪声をより神秘的にしている。

飯坂温泉の怪声は、福島市のこの名湯に宿る歴史と自然の怪奇として、今も湯けむりの中に潜んでいる。響く声や漂う気配は、遠い過去の悲しみや癒しを求めた人々の想いが現代に残す痕跡なのかもしれない。次に飯坂温泉を訪れるなら、鯖湖湯や波来湯で熱い湯に浸かり、歴史ある街並みを楽しむだけでなく、夜の静寂に耳を澄ませてみるのもいい。そこに潜む何かが、遠い時代の物語を静かに伝えてくれるかもしれない。その声を聞くとき、過去に敬意を払いつつ、温泉の温もりに癒される瞬間を大切にしたい。

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