上杉謙信は女性だった? 都市伝説の起源

上杉謙信の謎:越後の龍と女性説の真実

戦国時代の名将、上杉謙信。越後の龍と呼ばれ、武田信玄との川中島の戦いで知られるこの英雄に、驚くべき噂が囁かれる――「実は女性だった」という説だ。この都市伝説は、八切止夫が著した『上杉謙信は女だった』で広く知られるようになった。八切は、謙信の生涯や逸話に女性らしい特徴を見出し、大胆な仮説を展開。しかし、史料に基づく検証では、この説の信憑性は極めて低いとされる。それでも、ゲームやSNSで話題が広がり、現代でも多くの人々の想像力を掻き立てている。本記事では、この都市伝説の背景、根拠、反証を丁寧に探り、越後の英雄を巡る謎に迫る。

女性説の根拠:八切止夫の主張とその背景

八切止夫の書籍は、上杉謙信の女性説の主要な起源だ。彼は以下のような点を挙げ、謙信が女性だったと主張した。

  • 生涯独身:謙信は結婚せず、女性との恋愛記録も皆無。『関東古戦録』には、婚姻を拒否した記述があり、これが女性説の足がかりとされた。
  • 越後民謡:地元の「ごぜ唄」に「男も及ばぬ大力無双」とあり、八切はこれを女性の暗喩と解釈。民謡が謙信の性別を暗示しているとした。
  • 流麗な筆跡:『上杉家文書』に残る謙信の手紙は、達筆で恋歌も巧み。八切はこれを女性的な感性の証拠とした。
  • スペイン文書:八切は、スペインの記録に「景勝の叔母が佐渡金山を所有」とあると主張(ただし、該当文書は未確認)。これを謙信が女性だった根拠に挙げた。
  • 死因:謙信の死因は「大虫」と記録され、八切はこれを月経の隠語とし、更年期障害によるものと推測。

さらに、現代ではXなどのSNSで「謙信は女の子」という投稿が散見される。例えば、2025年4月に「謙信の女装がカッコイイ!」と話題になったポストが、若者を中心に拡散。これが女性説のイメージを強化した側面もある。こうした背景から、八切の主張は大衆文化に根付き、都市伝説として広がった。

反証:史料が語る上杉謙信の真実

しかし、歴史学者の多くは女性説を否定する。以下に、八切の主張に対する反証を整理する。

  • 男性としての記録:『関東古戦録』や『北越軍談』には、謙信が男性として振る舞い、武将として活躍した記録が豊富。性別を隠す動機や証拠は皆無だ。
  • 民謡と筆跡:ごぜ唄の「大力無双」は、単に謙信の武勇を称えた表現。当時の教養人にとって、流麗な筆跡や和歌の才は性別に関係なく一般的だった。
  • スペイン文書:八切が引用した「景勝の叔母」の記録は、どのアーカイブにも確認できない。佐渡金山の開発時期(16世紀後半)も、謙信の生存時期(1530-1578)と一致しない。
  • 死因:「大虫」は月経を意味する隠語ではなく、当時の医学で消化器疾患や寄生虫を指す言葉。現代の研究では、謙信の死因は脳溢血が定説(『上杉家記録』)。更年期障害説は医学的根拠に乏しい。

歴史学者・渡辺世祐は、八切の主張を「小説的で学術的検証に耐えない」と批判。女性説は、史料よりも想像に依拠した物語に過ぎないと結論づけた。

文化人類学的視点:なぜ女性説は生まれたのか

女性説が広まった背景には、戦国時代のジェンダー観や、謙信の特異なキャラクターがある。謙信は毘沙門天を信仰し、僧形の姿で戦場に立つことが多かった。この中性的なイメージが、性別の境界を曖昧に感じさせた可能性がある。また、戦国時代は男性優位の社会だったが、女性が家督を継ぐ例(北条氏康の姉・芳春院など)も存在。こうした歴史的文脈が、謙信の女性説を後押ししたかもしれない。

心理学的には、英雄に対する「意外性」の欲求も影響している。人々は、教科書的な英雄像に新たな物語を重ねることで、歴史を身近に感じようとする。八切の書籍が刊行された1960年代は、戦後日本のポップカルチャーが花開いた時期。こうした時代背景が、センセーショナルな女性説を大衆に受け入れやすくした。

現代への影響:ゲームとSNSでの広がり

女性説は、現代のポップカルチャーで独自の命を吹き込まれた。ゲーム『戦国BASARA』では、謙信が中性的な美青年として描かれ、女性ファンを中心に人気を博した。このビジュアルが、女性説のイメージを間接的に強化。Xでは、「謙信が実は女の子だったら萌える」といった投稿が、若者の間で話題になることもある。こうした現象は、都市伝説が歴史的事実を超えて、文化として定着する過程を示している。

興味深いエピソードとして、越後の地元では、謙信を女性とする伝承はほぼ聞かれない。むしろ、謙信の武勇や義理を重んじた逸話が語り継がれる。例えば、上杉家ゆかりの米沢市では、謙信が農民のために灌漑用水を整備した話が今も親しまれる。これに対し、女性説は都市部やネット文化で広まった「外からの視点」と言えるかもしれない。

結論:都市伝説の魅力と史実の重み

上杉謙信の女性説は、八切止夫の創作に始まり、史料的裏付けはほぼない。民謡や筆跡、死因といった根拠は、歴史的・医学的検証に耐えず、スペイン文書のような主張も実在が疑わしい。それでも、ゲームやSNSを通じて、この都市伝説は戦国史に新たな彩りを加えた。越後の龍を巡る物語は、史実の重厚さと想像の軽やかさが交錯する場所にある。次に戦国武将の名を耳にしたとき、その背後に隠れた噂を思い出すかもしれない。