幼かったころ、我が家が鮮魚商であったこともあり、なじみの寿司屋がありました。毎週のように通っていたこともあり、大将から丁稚の板前さんまで、皆顔見知りであり、店がはねると2階で父親は、客やその店の人間たちと雀宅まで囲む仲でした。

しかし、丁稚の一人だけ、笑顔もなく、口数もほぼなく、表情にいつも陰のある男がいました。そのころの年齢はまだ10代後半で若かったのでしょう。活気がなく明るさをまるで感じない青年でした。

背は180㎝以上はあり、浅黒く二枚目で端正な顔つき、ひ弱さはなく、むしろ妙な圧迫感を感じる人でした。その青年はしばらくして、その寿司店を辞め、その後はどうしていたのか知る由もありませんでしたが、20年ほどたったある日、魚市場で父親は偶然出会ったことがありました。

近況を聞くと、隣町の寿司屋の婿養子に入り、大将として腕をふるっているとのことで、笑顔もあり元気そうでした。安定した生活を送っていると父親には伝えていたようです。

そのころ、テレビニュースや、新聞をにぎわせている女子大生誘拐殺人という事件が発生していました。毎日のようにさかんに放映されています。ある日、30代半ばの犯人が捕まったというので、何気なく犯人の画像の掲載された新聞をみていたら、私と父親は、いきなり脳内に雷が落ちたような気がしました。あの寿司屋に昔いた丁稚の板前です。

特徴的な鼻筋の通った浅黒い顔、薄いまっすぐな唇、まちがいありません。

婿養子に入ったといっていましたから、名前からは確認ができないので、すぐに父親はあのなじみの寿司屋に電話で聞いてみると、大将が力なく肯定していました。つい最近、父親が魚市場であった時期は、犯行直後だったのです。

その後、彼は死刑を宣告され、しばらくして執行されたと新聞記事の片隅に記されていました。