昨年、2015年8月
私は一人、ベッドで眠りについていました。

仕事の都合で妻を一人横浜市の自宅に残し、
青森市へ単身赴任していたのです。

私の住むアパートは、周囲には民家もまばらで、
夜になると車の音もほとんどなく
街灯の明かりもあまりない、暗闇に包まれる地域なのです。

私は仕事に疲れ、ベッドに倒れ込み、
翌日の仕事への憂鬱な気持ちを抱くこともなく
眠りにつきました。

そして、ふと、玄関のドアが開き、
人が侵入してきた
ことに気が付きました。

玄関には必ず鍵をかける私は、
泥棒などの心配はほとんどしていませんでした。

ドアは2重ロックでしたので進入するには
かなりの時間がかかるはずですし、
ピッキングするにしても無音はありえず、
眠りの浅い私が、ピッキング音に
気付かないわけがなかったのです。

私は横浜に住む妻が来たのだと思いました。
「来る予定はなかったはずだし、こんな深夜に来るなんて」
不信には思いましたが、活発な妻のこと
思いつきで来てしまったのかなと考え直しました。

妻の名前を呼びましたが返事はありませんでした。

玄関から妻が入ってきたのなら
明かり一つ点けられていない私の部屋。

真っ先に明かりのスイッチを押すはずなのに、
それもありません。

どうしたのかと思い、私は玄関に近づくためにベッドを離れ
玄関と私の寝室を隔てガラス製の引戸へ向かいました。

しかし、人の入ってきた音はあったのに、
誰もいません

引戸の内側、寝室の中から
玄関のドアの様子を伺いましたが誰もいないのです。

ふたたび妻の名前を呼びながら周囲を見渡しました。

すると、キッチンと寝室を隔てる引戸の影から
突然、真っ黒で小柄な人影が私の目の前に現れました。

あまりに急なことだったので、声を上げることもできず
身体はビクリと反応してしまったのです。

気が付くと私は自分のベッドの上
すべてが夢であることに気がつくのに
10秒ほどかかってしまいました。

上体を起こし、額の汗を拭った次の瞬間

おかえりなさい

透き通るような若い女の声
耳元に残る吐息の生々しい暖かさ

とっさに
「うおおおぉぉ!!」

と情けない声を上げてベッドの上から転げ落ちた私。

しかし、私の後ろには誰もいませんでした

もしも幻聴だというのなら
耳元に残る、吐息の感触の説明がつかず
誰かがいたというのなら、
その後、自宅内をくまなく探したけれども
誰も発見できなかったことの説明がつきません。

その後、部屋を解約し、別の部屋へ移りましたが
その夜の体験が、一体何が原因だったのか。
誰が私の耳元で囁いたのか。
なぜ、私に「おかえりなさい」と囁いたのか?
原因はわかりません

その経験をしてから半年弱がたちました。

生まれて初めての心霊体験でしたし、
幽霊などのホラー系のものは極力避けてきた
小心者な私なのですが、今はなぜなのか、
恐怖よりも、哀しみが私の中に留まっています。

せめて、妻には、笑顔でいてもらいたい
寂しい思いはさせたくないと、
現在横浜へ戻ることを会社に希望しています