以前、某金融会社で働いていたときのことです。
中途採用の研修で一緒になった女性Rについてお話します。彼女は40代後半で、中途採用といいながら
実は以前支社で働いていたという人間。しかし、「本当は支社にいたけれどお店の店長もしていて」
と正社員でしか働けない会社に
そんな不思議なことを言っているような人でした。別段変わった人ではなかったように思えたのですが、
なんとなく人を見下しているところも見え、
私は距離を置いていました。まあ、同期といっても考え方は違うので当たり前でしょう。
私たちは、そう思っていたのですが、
ある日会社の朝礼で彼女はこんなことを言ったのです。「実はこの間から鏡におばあさんが写りこんでいるんです。
おそらく死神だと思います」朝礼でまさかのホラー発言。これにはみんな言葉をなくしました。
彼女はさらにいいます。「髪の薄い、頬がこけた女の人がじっと私を見ているんです。
唇が片方だけ上がっていて、不気味な感じで。
でも、私は祖母にこういわれました。人間は運命を受け入れるのだと。
私はその死神を受け入れてみようと思います」私はぞっとしました。そんな人がいるのかと。
私はそのあと、「あのさあ、朝の朝礼なんだけれど、嘘だよね」
というと彼女はへへっと笑いながら「本当だよ。痩せこけたおばあさん」
と言って「別にいいのよ。私」と言います。彼女の手をとっさにつかみましたが、
異様に冷たいそれに私は手をひっこめました。そのとき、彼女は唇を異様にゆがめて、こういったのです。
「大体、あんたみたいに生きていく人はいやなのよ。
神様とか仏様に守られて。なにさ、あんたがえらいっていうの?」私は、研修中に何か言ったのでしょうか。
いいえ、どちらかというと人と距離を置いていたのでそんなことはないでしょう。それに神様、仏様って何のことでしょうか。
確かに私は小さいころから神様と仏様を信じていますが、
そんな話一度も彼女にはしたこともなかったですし、
お守りすら持ってきていなかったのです。しかし、彼女は明らかに嫌悪感に満ちた顔で私を見ていました。
その後、研修期間が終わってから彼女と配属部署が変わりましたが、
彼女は着実に営業成績を収めていきました。ですが、道で彼女の顔を見ると
その人相は少しずつ変化していっていました。唇が薄くなり奇妙に上がり、目つきが鋭くなっていました。
体は太っているのに頬だけがげっそりとしています。彼女は私を見て「ほら、運命に逆らわないほうがうまくいくでしょ」
と言わんばかりの顔をしましたが、私は目をそらしました。なぜならあのときの朝礼で話していた死神の顔になりつつあるのですから。
これは、とりついたというのか、
それとも未来の姿だったのか。私にはわかりません。ただ、あの勝ち誇った顔の横で目に見えない死神が
笑っているようなそんな感じがしてなりません。


コメントを残す