祖父から聞いた話である。
当時冬山で狩猟をやっていた祖父は、
山からの帰り道で凄い吹雪に襲われた。さっきまでは天候が良かったのに、
本当に山の天気は変わりやすい・・・祖父もそれは熟知しており、
すぐに近場の狩猟小屋(避難小屋)へと足を運んだ。それは山に入った者が自由に使える山小屋であり、
吹雪や遭難した際に利用できる避難所として活用されていた。当時は山で狩猟をしたり山菜を取ったりと、
山に入る人間は多く当時は必要なものであった。祖父は視界の悪い中で、
どうにかそんな一つの避難小屋へとたどり着いた。しかし吹雪は一向に止む気配はない。
そしてだんだんと辺りは暗くなり初め、
仮令吹雪が止んだとしても闇の中を下山するのは
不可能な事だと思った祖父は、
そのまま小屋で一晩を明かすことにしたのだった。静寂な山の中で、強く吹き付ける風雪の音だけが聞こえる。
じっと囲炉裏に揺れる火だけを見つめながら
祖父は身体を休めていた。そんな時だった。
「ドンドンドン」と山小屋の戸を叩く音が聞こえてくる。
最初は風の音かと思ったが、そうではない・・・「ドンドンドンドン」
「誰かいるんかいね?」恐る恐る祖父は戸の近くまで行って、
ちょっと強めの声でそう言い放った。すると「私で御座います・・・」
吹雪の中で聞こえた声は、結婚した妻の声だった。そして「父ちゃん!開けてくれよ!父ちゃん!」と
子供の声まで聞こえてくるのだった。「ドンドンドンドン」
「戸を開けてくれませんか?寒くて凍えてしまいます・・・」
「父ちゃん!寒いよ!速く開けてくれよ!」
そんな声が戸の向こう側から聞こえてくる。祖父は言った。
「お前たち・・・一体なんでこんなところにいるんだ?」その声に対して
「貴方の帰りが遅かったので、こうやって二人でここまで来たのです。」
「そうだよ!父ちゃん!三人で、ご飯でも食べようよ。」そんな声が聞こえてくる・・・
祖父はすぐにでも戸を開けようと思い、
その手が戸にかかった際に、
かつて聞いたことのある昔話を思い出した。祖父「よく来たなお前たち・・・
戸に鍵はかかっていないから、早く入っておいで。」妻「手が荷物でふさがっております故に・・・開けられません。」
子「速く開けてくれよ!父ちゃん!荷物が重いんだよ!」
「ドンドンドン」「ドンドンドン」そして祖父はこう言いました。
祖父「じゃあ・・・お前たち、
さっきからどうやって戸を叩いているんだ?」そう言った刹那、戸をたたき続ける音も、
妻と子供の声を聞こえなくなり、
ただ吹雪の音だけが聞こえるのだった。祖父は確認の意味からも、
猟銃を手にして戸を恐る恐る開けてみると、
そこには妻と子供の姿も無ければ、雪にあるはずの足跡も無かった。祖父「あの山にはな、そう言う話があるんだ・・・」
そんな話を生前の祖父はよく語ってくれた。そして私はこう祖父に聞いてみた
「もしあの時、戸を開けていたらどうなってたの?」その私の問いかけに祖父はただこう言うのだった。
祖父「さあな・・・開けていたら今の俺はここには居なかっただろうな。」


コメントを残す