私の住んでいたアパートの隣に
市営住宅のアパートがあり、
そこには小さな公園がついていたので
私は一人で市営住宅の敷地の中によく入っていました。
その公園のベンチには
よくおばあさんが座っていました。
そのおばあさんは、子供の目から見ると
本当に高齢のおばあさんに見えました。
おかっぱの白髪あたまで、
肌はよく日に焼けていました。
いつも一人で遊んでいる私にとっては、
一人でいるそのおばあさんは不気味という印象はなく、
どちらかというと私に寄り添ってくれそうな人なのかも
という感じでした。
周りの子どもたちは
おばあさんのことなんて見向きもしませんでしたし、
おばあさんも特に子供たちに話しかけることもありませんでした。
ある時私が芝生の脇から
アリの行列を追いかけて地べたを這いずり回っていたら、
おばあさんの足元にたどり着きました。
私は
「アリを追いかけてたんだよ」
とおばあさんに話しかけました。
するとおばあさんは
私に微笑みかけてくれました。
そして
「それは感心だ。おねえちゃん、お名前はなんていうの?」
とおばあさんは私に言いました。
「○○だよ」私は素直に名前を言いました。
するとおばあさんは不思議な話を始めました。
「いい名前だね。あんたは大丈夫だよ。幸せになれる。
いいかい、あんたが将来結婚するときは
その男の名前に気をつけなくちゃいけない。
それから、子供が生まれたら子供の名前にも
気をつけなくはいけないね」
私は頷きました。
ただの名前の話題なのですが、
その時のおばあさんには
妖気がただよっていたというか、
なにか特別な迫力がありました。
私は胸がざわっとしていました。
けれどなぜかおばあさんに釘付けになってしまい
その場を離れることができませんでした。
おばあさんは話を続けました。
「水の気と火の気が強い名前はいけないよ。
湖、河、泉、しずく、雨がつく男と結婚したらだめ。
けれど海が付くのは良し。
漢字に火が入るのもだめ。熱もだめだ。
あんたが溺れるか焼けてしまうからね。
苗字じゃないよ、下の名前だよ。
それから、流星、彼方、遥か、千里もだめだよ。
それさえ気をつけていたら、あんたは大丈夫」
私は怖くなって、うつむいていました。
「感受性が強いね。
あんたを傷つけようとする心ない人はたくさんいるよ。
だけどね大丈夫、そんな人たちは誰もあんたにはかなわないよ。
安心しなさいな」
おばあさんは私の手をそっと握りました。
その手は暖かくて、かっさかさでしたが、
見た目よりもずっとやわらかかったです。
未だに忘れられません。
その後、どうやっておばあさんと別れて
家に帰ったかよく思い出せません。
あのおばあさんは一体何者だったのでしょうか。
転校して間もないときの出来事だったのですが、
その後友達ができても
おばあさんと話をしたことがあるという子はいませんでした。
その後の私は、
比較的幸せな人生を送れているとは自分では思います。
もしかしたら、
あのときのおばあさんのおかげかもしれません。
なんというか、大人になってあの日のことを思い出すと、
少し胸のあたりがほのあたたかくなります。
優しさや温かいエネルギーを感じるような気がします。
けれど、やっぱりちょっと怖いです。
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