まだ平成も一桁だった頃の話です。

私もまだ20代半ば、システムエンジニアとしてパソコンがまだ普及しきっていない時代に外資系企業に勤務していました。システムエンジニアがとても忙しい時代の事ですが私は残業が長引き会社を出たのは夜中1時を回っていました。当然とっくに終電などありません

幸い勤めていた会社は当時ですら珍しくはなっていたタクシーチケットを女性には配布してくれていたので上司に許可を取って深夜遅くとはいえ優雅にタクシーで帰宅の途についていました

東京が不夜城とはいえそれは繁華街の話。

賑やかな場所を抜けるとすぐにオフィスの立ち並ぶ静かな方面にタクシーは進んでいました。まだタクシーで煙草が吸えた頃でしたから運転手さんと談笑しながら眠気を喋りと煙草で誤魔化しながらの時。

私の乗ったタクシーの前にもタクシーが一台、行灯を灯して走っていたのですが、前のタクシーが道を寄せて止まりました。前のタクシーにならって私を乗せたタクシーも止まりました。

前のタクシーはドアを開け、ドアを閉めるとまた走り出したのですが、すぐに行灯が消えました。私と運転手さんは思わず顔を見合わせてからもう一度前のタクシーを凝視しました。

確かに走り出した前のタクシーにはお客さんは乗らなかったんです。でも、確かにお客さんを乗せるようにドアが開き行灯を消して

真夜中とはいえ、後部座席に人がいれば影ぐらいはわかるはず。遠ざかるタクシーにはどう見ても運転手しか乗っていません。

50歳前後に見える運転手は顔色も悪く震えていました

…何でしょう、今の…」私が呟くと運転手は額の冷や汗を拭って首を傾げていました。「運転手仲間で何か拾ったという話は聞いた事はありますけど、見たのは初めてです。

「運転手さんは拾った事は?」「ないです…」

後続車もいなかったので、見えないお客さんを乗せたタクシーが見えなくなっても、運転手は固まってしまっていてなかなか発車しませんでした。私も火を点けた煙草が全て灰になっても気付きませんでした。

なんとなく、前方の見えないお客さんを乗せたであろうタクシーを見送り前方しか見ていませんでしたが、横に置いたハンドバッグが急に気になりお守り持っていた数珠を出すと球形のはずの水晶がいくつかイビツに歪んでいました

フと横に気配を感じて視線を向けて合点がいきました。
場所は大手町私を乗せたタクシーの止まっている場所は将門の首塚の数メートル手間にいました。