私が小学生の頃、通学路に不気味な美容室があった。

建物こそ、ただ古いだけの昔ならよくある美容室だったが、
店外の装飾が異常だった。

一部をサーモンピンクに塗った外壁
凭れかかるような古い裸のマネキン
そしてロッキングチェア・・・・

アロエや何だかよくわからない観葉植物も沢山置いていて
美容室には思えないうっそうとした造りだ。

店主も変わった人で、歳の頃は40~45ぐらいで、
腰まで伸ばした髪と口ひげが特徴的な「男性」だった。

子供心に「かかわっちゃいけない」と思い、
登下校の際は店を見ない様にしていた
が、
店主は時々通りかかる子供達を睨みつけて威嚇していた。

本当に怖かった
ある晩、母にその事を言った。

美容室が怖い事、通るのが厭だから
友達と一緒じゃ無い時は送り迎えをして欲しい事など
必死に訴えたが、母は笑って「大丈夫、何もしないよ」と言うだけ。

私は不満だった。

何であんなに気持ち悪くて怖い所なのに分かってくれないんだ!
お客さん来なくて潰れちゃえばいいのに!!

・・・潰れちゃう・・・・?

私は初めて気付いた。
あの店でお客さんを見た事が無い

登下校、遊びに行く時、家族でのお出かけ、
あらゆる日時にあの店を通るのにお客さんを見た事が無い

毎日営業中の看板を出してるし、
夜は装飾と看板を仕舞っているのに・・・だ。

翌日、友達にその話しをすると
友達も思い出したように見た事が無いと言う。

二人で震えあがってしまった。

何してるの、あの店、あの人・・・・毎日・・・・
ある日事件が起きた

小学校低学年の男子があの店主に首を絞められ
病院に運ばれたという。店主も逮捕された。

その頃、男子の間では怖いもの見たさで店の前まで行き
「○○○(店名)のオカマー!!」と叫んで逃げる遊びが流行っていた。

叫ぶたびに店主が血相変えて出てくるので余計に面白がり、
悪戯の内容は日に日にエスカレートしていた。

その日は該当の男子が叫んだ後、
ロッキングチェアを蹴った
という。

店主は素早く飛び出すと男子の首を絞めたが、
近所の人に取り押さえられたらしい。

ついに事件が起きた

私は得意満面で母に事の顛末(また聞きのクセに)を報告し、
送り迎えを要請した母は悲しそうな顔をし、
男の子が悪いよ、お母さんを蹴るんだもん」と言い、
ポツリポツリと話し始めた。

店主も母もこの街が地元で、
互いに顔見知り程度だったがご近所付き合いはあったらしい。

店主のお父さんは早くに亡くなり
店主のお母さんが女手一つで店主を育てたとのこと。

その糧があの美容院なのだ。

ところが、店主が20代になるかならないかの頃
店主母は若年性のアルツハイマーにかかってしまい、
その介護は店主が一人でこなしていた

もともと心根が優しい青年だった店主は
自分の時間を全て母に捧げていた。

店主に代代わりして少しは営業していた美容室もすぐに廃業

だが、店主は、母が一番楽しんでいた時代を
そのまま残す為装飾も店もそのままにしていた
そうだ。

店主母は、よくあのロッキングチェアで
ひなたぼっこをしていた
とらしい。

そうこうするうちに、母親が亡くなり
店主は一人になった。

が、長年の無理が祟ったのか心と精神を大きく壊してしまった

店主の中では、あのロッキングチェアに母親が座っており、
事件の日には母親が蹴られた様に見えた
のだろう・・・・・

なんとも言えない気分になり、沈黙が流れると母が
もうあそこもお終いかな」と呟いた。

警察沙汰になったんだから、
きっと入院や福祉のお世話になるんだろう・・・・と。

それから十数年経つけど・・・・・あの店はまだあるし、
ヨボヨボになった店主は相変わらず店の前に居る

前と違うのは、自分がロッキングチェアに座ってる事
何を意味してる・・・・・・?