あれは確か、年末に近い12月下旬の事でした。

職場の忘年会が終わりギリギリで終電に間に合った私は、
静かに電車の揺れる中で家路へと向かっていました。

マンションのある駅までは電車で30分ほど・・・

そしてこの電車は最終で
自分の駅が終点だったという事もあり
降り過ごすという心配も無かったので、
私は暖房の効いた車内で眠たくなって
うつらうつらとし始めました。

ややしばらくたって、頬をなでる風に目を覚ましました

ふと見ると、車内には既に誰も乗客がおらず
ドアも開いていました

自分の住んでいる寒冷地では
鉄道は車内の暖房を逃がさないために
降りる際に自分でボタンを押してドアを開ける必要があり、
そんなドアが全部開いているという事は
終点に電車が到着した
のだと判断した私は、
急いで電車からホームへと降りました。

しんしんと降る雪の中で、
ホームにはぼんやりとした灯りがともっています

そんな暗闇の中で、ザワザワと人が動くというか
喋る声が聞こえてくるのです。

なんでこんなに暗いのだろうか?
停電でもしているのかな?
と思った私は不思議な事に気が付きました。

軽く辺りを見渡してみたのですが、
その駅は自分がいつも通勤で使っている
見慣れた駅ではなかった
のです。

それは見たことも無い、降り立ったことも無い駅でした。

電車の発車のアナウンスが聞こえたことからも、
この駅は終点ではないと判断した私は
再度車内へ戻りました

すると同時にドアが閉まり、
静かに電車は再び動き出しました。

お客さん!お客さん!起きてください!」

そんな声に目が覚めると、
目の前には車掌さんが立っていました

車掌「お客さん、終点ですよ!ほら、降りてください。」

そう言うので私は言われた言葉のままに、
席から立ち上がり電車を降りたのです。

先ほどとはうって変わってホームには電気がついていて、
見慣れた風景が広がっていました。

さっきのは一体なんだったのだろうか・・・・

そう思いながら自動改札機に定期をかざすと
ピンポーンという音と共に改札機のドアが閉まってしまいました。

数回繰り返したのですが全くダメで、
事務所から駅員さんがやってきて、
試してみるもやはり無理・・・

駅員「ちょっと定期券見せてくださいね・・・」
そう言われ(たぶん定期券の偽造とか疑われたのだと思う)

駅の事務所へ連れて行かれ、しばらく待っていると
初老の駅員さんがやってきてこんなことを言うのだった。

駅員「お客さん申し訳ないですね。
定期券なんか読み込めなくなってしまってるみたいでね・・・。
ところで・・・お客さん。私はこの駅で勤務して長いんだけどさ・・・
あんた、あの駅に降りたんだね?

私「え・・・」

突拍子もない話に私は戸惑いましたが
先ほどの見知らぬ駅での出来事を思い出しました。

私「あ・・・はい。酔っていたもので・・・
夢だと思ってたんですけど・・・
何かドアが開いてたんで終点だと思って降りた
全く知らない駅だったので・・・。」

駅員「ああ、そうか・・・お客さん降りなくてよかったね・・・
そうかそうか・・・。定期券の方はこちらで再発行しておくので
明日の朝にでも取りに来てくださいね。
では、お気をつけてお帰り下さい・・・。」

私「あの・・・何なんですかね?あの駅って?」

そんな私の言葉に駅員さんは
少し寂しそうにこんな話をしてくれました。

駅員「あの駅は当時ここから戦地へ向かうために、
多くの出征兵士を見送った駅
なんだよ。
かなりの人数が動員されたことからも
駅のスペースを大きくして大々的に見送るために
作られたホームだった。もちろん戦後すぐに取り壊されて、
今はもう無いけどね。」

私「え・・・じゃあ、あの駅は?」

駅員「時々あるんだよね・・・あの駅に降りちゃう人がさ・・・
恐らく取り壊されても今でも待ってる人は居るんだと思うんだよ・・・
そういう残存思念みたいなものが、
どうしても人を呼び寄せるんだろうな。」

そんな駅員さんに私はこんなことを尋ねてみた。
私「もし私が降りてたらどうなってたんでしょうか?

駅員「さあねぇ・・・乗務員も時々見知らぬ駅で
電車を止めてしまうなんて話は結構あるけど・・・
降りた奴はまだいないらしいけどね・・・。
お客さん、酒に飲まれていい気分になってる所わるいけどさ、
電車を降りる時にはアナウンスをきちんと聞いてから、
降りる駅を確かめてから降りたほうがいいと思うよ。