ある小さな寂れたスキー場にあるリフトは
シングルリフトがほとんどです。
このスキー場に唯一あるのはペアリフトです。
カップルや友達同士が仲良くリフトに乗るなか、
私は一人寂しくリフトの順番待ちの列に並んでいました。
雪国育ちでスキーができる私ですが、
今は北関東に転勤で引っ越して来ました。
東京の本社には三年後に戻れるかどうか。
妻と子どもはもちろん都内に残りました。
せっかくお受験した小学校を
転校させるわけにはいかないそうです。
東北育ちで大学で上京した私にはお受験がよくわかりません。
でも娘の幸せを思えば仕方ないのでしょう。
家族と離れる寂しさをスキーで紛らわせるために
このスキー場に来ました。
でも今はスノーボードの時代なんですね。
スキーヤーは激減し肩身が狭いです。
そんなことを考えながらペアリフトの列に並んでいると、
すっと髪の長い女性が私の隣に並びました。
ゴーグルを外しにっこり微笑んでくれました。
私はそのあまりの可愛らしさに照れながら会釈をしました。
一緒にリフトに乗りどこから来たのか、
スキーは得意なのかなど通り一遍の世間話をしている内に
リフトは山頂に着きました。
彼女は上級者のようでリフトを降りると
見事なクローチングスタイルでゲレンデを滑り降りて行きました。
競技選手の滑りです。
私は彼女の滑りに見とれてから、
ふとあることに気が付きました。
シュプールがどこにもないのです。
あれだけエッジをきかせて滑ったのに、スキー板の跡がない。
背筋が急に寒くなって、急いでゲレンデを滑りおりました。
その夜泊まった民宿の女将さんが妙な話をしてくれました。
20年前、大回転の国体選手が一人、若くして亡くなっていて、
髪の長い可愛らしい女の子だったそうです。
私は宿泊代を帳場で精算して急いで家路に着きました。
女将さんには仕事場でトラブルがあって
休日出勤になったと嘘をつきました。
このスキー場の近くで寝泊りすことすら怖かったからです。
あのリフトで一緒になった女性は、20年前に亡くなった国体選手。
私は夜更けの山道を慎重に運転しました。
牡丹雪が舞う中、急カーブを曲がったその時、
崖を滑り降りたスキーヤーが飛び出して来ました。
急ブレーキをかけると私の車はスピンして
谷側のガードレールを突き破って宙を舞います。
車から投げ出された私の手を誰かがつかみます。
「もっと一緒に滑ろう」あのペアリフトで一緒だった国体選手です。
そう、これが私の命が絶えたときのお話です。
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