どこかに吐き出したくて書く。
信じてほしいとは思っていない、
ただのおとぎ話と思って読んでくれれば良い。大学に入学してすぐ、俺に彼女ができた。
中学・高校は部活に明け暮れ、
坊主頭に似合うファッションなどあるはずもなく、
彼女はおろか、女友達すらも少ない有様だった。だが大学に入学し、坊主から今風の雰囲気イケメンとやらに
無理やり近づいた俺には、勿体ないほどの美人な彼女だった。ミディアムロングの綺麗な髪、細すぎず太すぎず健康的なスタイル、
八重歯がのぞく可愛い笑顔。俺は彼女に夢中だった。付き合って3年が経った頃、彼女に悪性の腫瘍が見つかった。
休学し、治療を受ける彼女は、みるみるうちに痩せ細っていった。大学の帰り、バイトに行く前、
時間を見つけては彼女の見舞いに行った。俺が見舞いに行ったところで、
治るわけじゃないんだけどさ。日に日に元気がなくなる彼女に、
とにかく笑ってほしいと必死だった。でも俺には無理だった。
結果、俺は逃げ出した。本当に最低だと思う。でも彼女はそんな俺を責めなかった。
別れを切り出した日以降、連絡来ることもなくなった。そして俺が卒業する3か月前、
休学していた彼女が大学を辞めたと、
友達伝いに聞いた。それが何を示しているのか、確かめる勇気はなかった。
なぜなら俺は知っているから。彼女がどうなったのかを。なんで知ってるかって?
別れて数日が経ったころ、
異変が起こり始めたんだ。布団に入り、電気を消し、
眠りにつこうかという時だった。畳を引っ掻くような、カリカリ、カリカリ、という音が
少し離れたところで聞こえた。なんだ?虫か?それともネズミか何かか?
6畳半の安いボロアパートだ。それらが出てもおかしくはないが、
なにぶん落ち着いて寝られやしない。明かりを点けてみるが、何の気配もしない。
明日ホームセンターで
ネズミ捕りでも買ってくるかと思いながら、
また明かりを消し、布団に入った。どのくらい眠っただろうか。
真っ暗だった部屋に、
外からの明かりが少し入ってきている。まだ眠れるな、と目を閉じたその時だった。
手に何か、冷たいものが触れている。
鍵でも落としたかとソレを掴んだ。ソレは、人の手だった。
細く、冷たい、自分より小さな、女の手。恐怖はしたが、払いのけようと思わなかった。
ああ、きっと、彼女だ。あんなボロアパートに入りたくないって言ってたのに。
きっと寂しい思いをしているんだろう、ごめんな。
ごめんな。本当にごめんな。そう思いながら、その手を優しく握り、眠りについた。
その夜以降、彼女は毎晩現れた。
現れたといっても、姿は見えず、手を握りに来るだけだ。そしてその手は、みるみる細くなっていく。
まるで彼女の容態が、悪くなっていっているようだった。実際そうだったのだろう。
卒業し、部屋を引っ越した現在も、それは続いている。仕事にも慣れ、会社帰りに駅前の本屋に立ち寄った時だった。
見覚えのある女性の姿が見えた。彼女の母親だった。何度も病院に面会に行っていたので、
お互いに顔を合わせることも多かった。しかし俺は、病気の彼女を見捨てた男だ。
会釈をしてやり過ごそうかとも思ったのだが、
さすがに謝罪はせねばと思い、母親に声をかけた。「娘さんとお付き合いさせていただいていた〇〇ですが、、」
「あら、お久しぶりね。もうすっかり社会人ね。」「はい。あの、、娘さんが大変な時に、俺は・・・。
本当にすみませんでした。なんとお悔やみを言っていいか・・・」すると母親は怪訝な顔をして、俺にこう話した。
娘は危ない時もあったが、今は元気に暮らしていること。連絡の術がなかったので、俺にはお礼も言えずにいたこと。
娘のことを気にかけてくれてありがとうと。俺は話を聞いたあと、
どうやって家に帰ってきたのか覚えていない。彼女は生きている?
では毎晩やってくるあの手は、一体誰の・・・?今日も夜が来る。


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