僕の記憶の中では実家の裏手を少し行ったところにがあった。夏休みになると僕はいつも近所のトモヤくんと遊んでいた。僕はそのとき小学2年生で、トモヤくんはクラスメイトだった。夏の夕方でもうすぐ日が暮れるといった時間だった。

裏山のカブトムシも取り尽くしたけれど、まだ夕飯までには少し時間があって、それで僕らはに向かった。

沼は実家からも近かったので、そこで時間をつぶしてそれから僕は家にまっすぐ変えるつもりだった。沼には長く伸び始めた木の影がおおいかぶさっていて、水面は暗かった。ひとけがない場所でヒグラシの鳴く声だけがしていた。

僕はトモヤくんとキャッチボールをした。ボールは野球好きのトモヤくんが先日買ってもらったばかりの、本格的な硬式ボールだった。小学2年生の僕らの手にそれはやや大きすぎて重すぎて、ボールはすぐに僕らの手をそれて暗い沼に落下した。

落ちたあたりは沼のちょうど真ん中らへんだった。宝物のボールだったので、トモヤくんはためらうことなく沼の中に入っていった。大人には禁止されていたけれど、それまでに沼には何回か入ったことがあるので、それほど深くないことは知っている。

実際に水面はトモヤくんのすねのあたりだった。トモヤくんは沼の中央まで行くと屈んで、手探りでボールを探した。ボールはほどなく見つかり、トモヤくんはこちらを振り返りニッコリと笑った。そのときブクリ、とトモヤくんの足元に大きな泡が浮かび上がった

泡がブクリ、ブクリと続けて上がったと思うと、トモヤくんはなにかに引っ張られるようにズブズブと沼に沈みだした。あたりは人気がなく、日が暮れ始めている。水面に落ちた木陰は黒々として、僕は唐突に恐怖を覚えた。

背後で「助けて」という声がしたけれど僕はトモヤくんに背を向けて家に走ったその日の夜にトモヤくんが行方不明ということで山狩りが行われた。僕はトモヤくんの身に起こったことを誰にも言わなかった。トモヤくんは見つからなかった

あれから20年たって、すでに記憶は曖昧になっている。沼があったあたりは埋め立てられて駐車場になっている。本当にトモヤくんはあの日沼に沈んだのだろうか。本当はトモヤくんは別の理由で行方不明になっていて、記憶は僕がなんらかの理由で捏造したものではないか。

分からないけれど、今でも夜中にふと目を覚ましてそのことを思い出すと、心臓がバクバクして眠れなくなる。