ある田舎町に、古びた石橋があります。その橋は普段誰も使わず、近くの住民すら遠回りして避ける場所です。理由は、夜になると橋のたもとから子どもの泣き声が聞こえるという言い伝えがあるからです。昔、その橋の下で、親に捨てられた子が泣きながら死に、その声が今も響いているのだと。

ある秋の夜、20代の女性がその町に帰省しました。彼女は幼い頃にこの町で育ちましたが、都会で暮らすようになってからは久しく訪れていませんでした。実家に向かう途中、近道をしようとその橋を渡ることにしました。地元では誰もが知る噂でしたが、彼女は「ただの迷信だろう」と笑いものにしていました。

橋に差し掛かると、確かに風が冷たく、少し不気味な雰囲気です。でも、特に何も起こらず、彼女は安心して歩き続けました。すると、橋の中ほどで、かすかに「うぇぇ…うぇぇ…」という声が聞こえてきたのです。驚いて立ち止まり、周りを見回しましたが、誰もいません。声は橋の下から聞こえるようで、彼女は恐る恐る欄干から下を覗きました。

そこには暗い川面が広がっているだけです。月明かりに照らされた水面は静かで、泣き声の主は見当たりません。「風の音かな」と自分を納得させ、彼女は急いで橋を渡りきりました。実家に着いてからも、その出来事が気になり、母に話すと、母は顔を曇らせてこう言いました。「あそこはね、昔から変なことが起きるって言われてるよ。渡るときは絶対に下を見ちゃダメなんだ。見ると、その子が顔を覚えるって…」

その言葉に、彼女は背筋が寒くなりました。あの時、確かに下を覗いてしまったのです。それからというもの、彼女は毎晩、夢の中で子どもの泣き声を聞くようになりました。最初は遠くからだったのが、夜を追うごとに近づいてきます。そしてある夜、目を覚ますと、枕元に小さな手形のような汚れが残っていました。土と水で濡れたような跡です。

慌てて母に相談すると、母はさらにこう付け加えました。「その子はね、寂しくて誰かを探してるって言うんだよ。顔を見られたら、ずっとついてくるって…」 その日から、彼女は夜中に目を覚ますたび、部屋の隅に小さな影が揺れているような気がしました。そして、実家を離れて都会に戻った後も、時折、窓の外からかすかな泣き声が聞こえてくるのです。彼女は今も、夜道で橋を見ると、思わず目を逸らしてしまいます。