19世紀末、ある港町で、火薬を扱う小さな工場がひっそりと操業していました。この工場は、戦争用の弾薬を密かに製造しており、政府の記録にもほとんど残らない秘密の施設でした。しかし、ある嵐の夜、工場は原因不明の爆発で全焼し、働いていた数人の職人たちは行方不明になりました。公式には「事故」とされ、その後、跡地は放置されたままです。
現代、その町に引っ越してきた30代の男性は、仕事の関係で古い倉庫を借りることになりました。倉庫は港の近くにあり、かつて工場があった場所のすぐ隣です。引っ越しの片付けをしていると、彼は倉庫の奥で妙な匂いを感じました。焦げたような、硫黄のような、鼻をつく臭いです。でも、古い建物だからと気にせず、仕事を始めました。
数日後、彼は倉庫で作業中に奇妙な音を聞きました。「シュッ…シュッ…」と、まるで火が燃えるような音です。最初は外の風かと思いましたが、窓は閉まっていて、音は倉庫の中から聞こえてきます。不思議に思いながらも、彼は仕事を続けました。しかし、その夜、家に帰ると服に同じ焦げ臭い匂いが染みついていることに気づきます。
それからというもの、彼は倉庫にいるたび、その音と匂いを感じるようになりました。特に夜になると、音は大きくなり、「シュッ」という音に混じって、低い呻き声のようなものが聞こえるのです。ある晩、意を決して音のする方へ近づくと、倉庫の隅にある古い木箱から匂いが漂ってきました。箱を開けると、中には黒ずんだ金属片と、何かの粉末のようなものが残っています。触ると指先が熱くなり、彼は慌てて手を引っ込めました。
次の日、彼は町の歴史に詳しい老人にその話をしました。すると、老人は目を細めてこう言います。「あそこはね、昔、火薬工場があった場所だよ。爆発で死んだ職人たちの魂がまだ彷徨ってるって噂があった。匂いがするのは、その残り火が今も消えてないからかもしれないね。」
その言葉に、彼はぞっとしました。以来、倉庫で作業するたび、背後に誰かが立っているような気配を感じます。ある夜、倉庫を出ようとしたとき、振り返ると、暗闇の中で赤い火花が一瞬だけ散ったように見えたのです。それ以降、彼は倉庫を使うのをやめ、別の場所に移りました。でも、新しい家でも、時折、服に焦げた匂いが染みついていることがあります。そして、静かな夜には、遠くから「シュッ…」という音が聞こえてくるのです。


コメントを残す